― 11.応報Vergeltung ―

 

 

 速さに魅せられた者は、強大な力を手に入れた時、大きな危険が伴う事が分かっていたとしても、それを使わずに居られるほど賢くはない。それがどれほどの力を秘めているのか、試さずには居られない。だが、力への渇望は留まる所を知らない。手にした力よりも更に強大なものがあると知ったなら、それを超える力を手に入れなければ気が済まなくなる。そうして繰り返される力の衝突は、何時の間にか彼らを異常なまでの領域へと引き込む。それでも彼らは力を求めて止まない。道の先がある限り、彼らは走り続けるのだから――。

 

 

 

 

 日は暮れてしまったが、街中にはまだ帰途を急ぐ人が多く行き交っている時間帯に、ガレージ木之下へ一人の来客があった。(かね)てから依頼してあった車を引き取りに来たその客は、水看に丁寧に挨拶をした。

「この度は色々とお手数掛けさせてしまって済みません。本当に有難う御座います。」

「良いのよ、尊。今回は私が車弄ったわけでもないんだし。寧ろ礼なら、事務の子に言ってあげた方が良いくらいかもしれないわね。」

 それから水看は、尊をその車の許へと案内する。

「エアロだけはしっかりしたのが組んであるけど、中身は車高ダウンと給排気系がちょこっと変えてあるだけの、殆どノーマルみたいな仕様よ。色は貴方の前のシビックと同じ黒。これは偶然だけどね。」

 これからの自分の愛車となる車を前にして、尊は素直に喜び切れないような、複雑な表情をしていた。

「どうしたのよ? ノーマルじゃ物足りない?」

「いえ、そうじゃなくて、何ていうか……ちょっと後ろめたさみたいなものを感じてるんですよね。私、あのシビックが始めての車でしたし凄い気に入ってたんで、それを手放してしまう事に抵抗はありましたしね。」

「確かに、綺麗な乗り方してあったわね。ターボまで掛けて走り回ってたって言う割には、ボディとかの傷みも意外なくらい少なかったわ。愛着持ってたってのが見て取れたわよ。まぁ、だからあのシビックも良い値で売れたんだし、それはそれで良かったんじゃないの?」

「それは木之下さんが色々と取り持ってくれたからですよ。私個人でやったんじゃ、大した値段にならなかったと思いますから。」

 そんな会話をしながら、尊はその車の周りを巡りながら、各部を繁々と見詰めた。黒光りするボディは、ただ単に磨かれているので綺麗なだけではなく、ボディ自体の状態も良好である事が分かる。

「本当にごめんなさい。木之下さん。普段大して出入りしているわけでもない私が突然やって来て、こんな無理なお願いを頼み込んじゃって。でも、思い当たる伝手(つて)が木之下さんしかいなくて……。」

 申し訳なさそうに言う尊に対して、水看は手をひらひらさせてそれを意に介してはいないという思いを表す。

「だから、気にしなくって大丈夫だって。私は自分が明確に嫌だと思う事を引き受けるほどにお人好しじゃないわ。つまり、引き受けたって事は私はそれを嫌だなんて思ってないって事よ。」

そこで一呼吸置き、それから言葉を続けた。

「……敏と、そして美由の車を見ていく上で、色々と私は思惑を働かせて来てしまった。……貴方が察していた通りにね。自分でやって来た事なのに、それこそ後ろめたさを感じてしまう事はあるのよ。だから、貴方の車を請け負う事で、それが少しでも美由に対する償いになれば……。そんな風に思うのよ。これからも美由の車は請け負って行く事になるんでしょうから、美由に対しては直接の償いをする事なんて、私には出来そうにないしね……。それに、その事で貴方にも嫌な思いを少なからずさせて来たんだしね。」

 そこまで言うと水看は一旦手を止めて、軽く溜め息を吐いた。

「でも、驚いたわよ。貴方が車を乗り換えたいって言い出すなんて。」

 すると尊は、やや複雑な表情で口を開いた。

「……美由を初め、私の周りには速い方が沢山居ますよね。だけど私は下手糞ですから、何とか車のパワーを上げて付いて行こうとしてたんですけど、でも最近の皆さんの速くなり方は凄まじいものがある気がしてるんです。そんな中で、私なんかはこのままじゃ付いて行けなくなるって焦りを感じ始めてたんですよ。……置いてけぼりを食らいたくないだけなんですけどね。結局の所は。どちらにしろ、シビックじゃあれ以上のパワーを引き出すのは厳しくなって来ますからね。これはもう車を乗り換えるしかないかな……と思いまして。」

「そうね。最近は敏も美由もめきめき腕を上げてきている感じね。それに、幕張にも速い走り屋が立て続けに現れてるみたいだし。それに比べれば、ちょっと前までの幕張なんて穏やかなものだったわね。貴方がそんな気持ちになるのも分かるわ。」

「ただ、その意味では、ノーマルでちゃんと戦えるのかなっていう想いはあるってのが正直な所なんですけど……。」

 当初、尊はこの車をベースにある程度のチューニングも施してもらうつもりでいた。しかし水看は、強大な戦闘力を持つ車なので、今はまだノーマルでも充分に敏達と渡り合う事が出来ると言い、手を加える事を留めたのだった。

「百聞は一見に()かず。どうしてこの車が最速の名を欲しいままにしているのか、その理由は実際に乗ってみれば分かるわよ。いずれ、今の仕様じゃ戦えなくなったら、また手を入れてあげるから。変にちょっとずつチューニングを進めて行くよりも、纏めて一気に作り直す方が、金銭的にも作業的にも効率が良いしね。」

 そして改めて漆黒のボディを纏うその車へと目を遣る。テール部分には、そのグレードを象徴する赤いエンブレムが輝いていた。

「はい、鍵。……今夜辺り、早速走ってみたら? 大丈夫よ。そんなに不安がる事はないわ。数値だけで言えば前のシビックと大してパワーも変わらないんだし、圧倒的なスタビリティを持つマシンだからね。面白味のない選択だと思えたとしても、間違いなく正しい選択なのよ。この車を選んだのは……。」

 そう言われた尊は気持ちを落ち着け、水看からキーを受け取り、そして車に乗り込みエンジンを掛ける。アイドリングの後に直6エンジンが目を覚ます。

「気になる事があったら遠慮なく持って来なさいね。ちゃんと診てあげるから。」

「はい。色々と有難う御座います。木之下さん……。」

 そうしてガレージ木之下を後にする尊。その姿を見送ると、水看は軽く溜め息を吐いた。

「尊も美由も、そしていずれは敏も力を求めるようになり、私はそれに手を貸す……。何時の間にかこんな事になっちゃったわね……。走り出した者はもう誰に求められない……それはきっと私も同じなのね。私の真意が何だったのか、今じゃもう私にも分からないわ。でも此処まで来たら、私だって最後まで付き合うしかないわよね。それが果てしなき力の応報を生み出すと分かっていても……。」

 水看はもう一度溜め息を吐く。

「さて……次は美由のロードスターの番かしらね。()しくは、敏のインプか……。」

 

 

 

 

水看の予想は当たった。正しくその晩、彼女の手掛けた車がやって来た淡紅色のロードスターが、ガレージ木之下へとやって来た。降り立った美由の姿を見て、水看は美由よりも先に口を開いた。

「……来ると思ってたわ。分かってる。あんたが何を求めているのか……。」

 その言葉に美由は驚きはしないものの、水看に対して問う。

「分かってたんですか……? それはつまり、敏ちゃんの車を仕上げた時点でこうなる事を……私が敏ちゃんのインプレッサを突き放し切れなくなる事を分かってたって事ですか?」

 訊かれた水看は、軽く溜め息を吐いてから美由の問いに答える。

「別にそういうわけじゃないわ。ただ、あんたのロードスターのエンジンは知っての通り、ノーマルのままなのよ。ハイスピードステージの幕張で、いずれ苦しくなる事は察するに難くない事でしょ。」

 しかし、美由はその答えに納得しない。

「それでも水看さんは私のロードスターを自信を持って仕上げてくれた筈ですよね。水看さんがどういう構想を持って私達の車を仕上げてくれてるのかは分からないけど、少なくとも初めは水看さんはそんな事は思ってないように感じたんですけど。」

 美由の表情は、明朗快活な普段の性格からは考えられないほど険しいものだった。それは水看に対する不信感からという部分もないわけではないにしろ、寧ろ美由の求めるものへの強き想いがそうさせているのだろう。そんな美由に対して、水看はもう一度溜め息を吐いてから答える。

「……そこまで読まれてるんじゃ、しょうがないわね。……そうよ。私はそのロードスターに、敏を突き放すのに充分な力を与えたつもりだったわ。この車を美由が操れば、敏は絶対に付いて行けないってね。だけど、現実はそうは行かなかった。いや、初めは確かに敏はあんたには付いて行けなかったんでしょうね。それでも……いいえ、だからこそと言うべきなのかしらね……敏は諦めなかった。美由くらいのレベルを超えるには、負けん気だけじゃどうにかなるものじゃない筈なのに、敏は抗い、そして超えてしまったのよ……。」

 微動だにせず水看の言葉を聞いていた美由は、そこで口を挟む。

「確かに敏ちゃんはここ最近、特にシルバーブレイドと出遭ってから一気に腕を上げて来ました。あの大雨の降った晩のバトルでは、私もそれをよく実感させられました。でも、それだけじゃないと思うんです。今のインプレッサは、確かに数値的には前と大して変わってないっぽいですけど、でも敏ちゃんが操るマシンとしては格段に良くなったと思うんです。車との同調が強まったっていうのかな? そう、私のロードスターみたいに……。」

「同調……ね。そうね……まだ本人からは聞いてないけども、今回のインプレッサは敏との噛み合いは良いんでしょうね……。私もあんた達の車はそれなりの期間受け持ってるから、どんな感じをあんた達が好むのかってのは把握出来て来てるわ。今回、敏により合ったセッティングに調整したのは確かよ。」

「どうしてですか?」

「どうしてって?」

「水看さん、知ってたんでしょ? 私が敏ちゃんを突き放そうとしていた事を。だから、私にあの力を与えてくれたんじゃないんですか? それなのに……。」

 言い澱む美由に、水看は遠くを見詰めるようにして言う。

「いつも言ってるでしょ。走り出した者は、もう誰にも止められない……って。力を打ち砕くのもまた力……。力は力の応報を生むのよ。そうならないようにと私も思ったわ。でも、結局は駄目だったのよ。だってそうでしょ? 敏は力を得たあんたを追って更なる力を身に着けたし、それに対してあんたは此処へ来たんでしょ? 更なる力を求めて……。」

 そう言われて美由は一瞬返す言葉に詰まったが、やがてゆっくりと口を開いた。

「……そうです。この車に……私に更なる力を下さい。」

 美由がそう言うと、水看は腕組みをしてまた軽く溜め息を吐いた。

「……敢えて訊くけど……本当に良いの? さっきも言ったように、力は力の応報を生む。きっと敏は、あんたを追って同じように更なる力を求めるわよ。」

 美由は一度目を閉じて、それから答えた。

「良いのかどうかは分かりません。でも……やっぱり私には走り屋の血が流れてるんです。応報を望む、スピードに餓えた血が……。例えそれから望まない結果が生まれると分かっていても、その血には抗えないんです。ううん、何だかんだ言って、結局は速さこそが私の望み見る所なんですから……。」

 美由の言葉や表情からは諦めが感じ取れると同時に、非常に強い確信が込められている様にも見えた。そんな美由の姿を見て、水看は答える。

「分かったわ。あんたが力を望むのなら、私はその希望に答えるだけの事よ。」

 その言葉に、険しかった美由の表情が少しだけ和らいだ。

「有り難う御座います。」

「礼を言われる筋合いはないわよ。車を受け持ってる人間として、それは当然の事じゃない……。まぁ、精々期待して待ってなさいよ。これからはあんたも厳しい戦いを強いられる事も多くなって来るでしょうからね。きっちりパワーは乗せといてあげるわよ。」

 そして再び溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 朝方の“Tanz mit Wolken”は幾人かの客で賑わっていた。とはいえ、その顔触れの殆どがいつものメンバーで、違いといえばそこに豊の姿が加わっている事くらいである。彼らの話は、以前に敏行が陶冶と出遭った事に及んでいた。

「結局GTOとは走らずにそのまま別れたのかよ?」

 豊はやや口惜しそうな素振りで言った。

「ああ。こないだはそんな感じの気分じゃなかったんだよ。何となくね。」

 そう言ってから皿に置かれたホットサンドを頬張る敏行。そんな様子を見ながら孝典が口を開く。

「でも敏、よくあいつと話する気になれたな。だって、前に負けた時には本当に散々な事言われたんだって、凄い怒ってたじゃないか。」

 それには美由が代わりに答える。

「それは、あれから暫く経ってるし、あの時の事も落ち着いて考えれるようになったからだって言ってたよね。」

 敏行もそれに同意する。

「そう。尤も、今も悔しい事に変わりはないけどね。ただ、付いて行こうと思った僕の行動も我ながら意外だったけど、あの人の話し振りはもっと意外だったな。そうはいっても色々と厳しい事言ってくるんだろうと思って身構えてたんだけど、いざ話してみたら案外そんな事なくてさ。見た目の雰囲気は相変わらずだったけど。」

「あいつはねちっこい話し方をするからな。あれで大分とイメージを悪くしてると思うんだけどな。」

 孝典が苦笑しながら言う。すると豊がふと疑問に思った事を口にする。

「なぁ、ぶっちゃけ、あのGTOってどうなんだ? 俺は実際に走ってるの見た事ねぇしよ。」

「本当に速いぞ。パワーは相当出てる筈だ。まぁ、国産スポーツとしては致命的なまでに重い車だから、パワーを上げない事には始まらないってのもあるんだが……。でも、そんな車で速いんだから、それはそれであいつの技術の一つの立証になると思うよ。」

「ふ〜ん。まぁ、幕張なら重量級でもパワーがあれば十分に戦えるだろうが、何にせよGTO乗ってるなんて珍しいよな。」

「しかも黒目の最終型なんて、僕も滅多に見ないよ。リトラの旧型は偶に見るけどね。こないだラリーアートのホームページ見てみたんだけどさ。扱ってる車種一覧の中にGTOだけ入ってないんだよ。他の目ぼしい車種はスポーツカーじゃないのまで皆載ってるっていうのに。どうもラリーアートですらGTOをチューニングするっていう概念がないみたいなんだよな。」

「まぁ、3リッターツインターボに4WDと、ポテンシャル自体はありそうなもんなんだが、如何せん車重が重過ぎるだろう。ディアマンテのシャシーを使ってる辺り、三菱もやる気あったのかどうか微妙な気もするけどもな。そのくせ軽量化されたMRなんてグレードもあったが……。あいつのは確かMRだったと思うな。」

「……そうやって考えてみると益々何でGTOに乗ってんだ? って気がして来るな……。」

 不思議そうに言う豊に対して、敏行が迷わず答える。

「そりゃあきっと、GTOが好きだからだよ。僕らみたいな人間は速さが基準だけど、そんな人間でも好きな車ってのは必ずしも速さとは関係なかったりするでしょ? 単にデザインが好きだったり、そのパッケージングが性に合ったりさ。」

「成る程。敏ちゃんが言うと凄い説得力があるよね。」

 美由が大袈裟にうんうんと頷く。

「ハハハ。だよね。インプレッサは(れっき)としたスポーツカーだけど、速さを求めるなら少なくともワゴンは選ばないよね。でも、僕はそれが好きなんだよ。何ていうか、セダンと全く同等の性能のワゴンを作るなんて、ちょっとあり得ないからね。それに僕はワゴンが好きってわけじゃないのに、インプワゴンのデザインだけは好きなんだよ。それも、他のどの車種よりもね。」

 楽しそうに語る敏行に対して、豊はまだやや難しい表情をしている。

「そんなもんなのかねぇ……。俺はお前みたいに好きな車ってのがねぇからな。今のセリカだって、性能の割には安く買えたからってだけの理由だしよ。別に合理主義者ってわけじゃねぇが、俺は今の車から乗り換える事に抵抗は全くねぇもんな。まぁ、金があればの話だが。」

「でも、豊君だって今のセリカが好きになってくかもしれないよ? 私も始めは幾つか候補のある中からロードスターを選んだけど、今じゃロードスターが一番好きだもん。」

「その辺は人それぞれって事か。美由みたいに手にした車が段々好きになって行く場合もあれば、凄い愛着のある車を手放してでも速い車が欲しくなる場合もあるかもしれない。ま、僕はずっとインプワゴンで行くと思うけどね。」

 敏行の言葉に、他の3人が即座に同意する。

「あ、それは間違いないよね。何十年経とうが敏ちゃんはインプワゴンに乗ってるよ。」

「ああ。お前にはインプワゴン以外考えられねぇな。」

「確かに、敏からインプワゴンを抜いたら何も残らないかもな。」

 立て続けに言われた敏行はたじろぐ。

「ちょ、ちょっと。そりゃ幾ら何でも言い過ぎなんじゃ?」

 そうして喫茶店の中に4人の笑い声が響いた。

 

 

 やがて帰り際になってそれぞれが席を立ってから、敏行は美由に尋ねた。

「そういえば、今日は美由幕張には来てなかったみたいだけど、水看さんの所にでも行ってた?」

「あ、うん。ちょっとね。」

 訊かれた美由は一瞬言葉に詰まる様子を見せたが、すぐに落ち着いて続きを話す。

「まぁ、隠したってしょうがないから言っちゃうか。ロードスターをね、もう少しパワーアップさせてもらおうかと思ったんだ。こないだは敏ちゃんにやられちゃったからね。私ももうちょっとストレートでのスピードが欲しくなって来たからさ。最近は敏ちゃんも調子良いみたいだけど、私もコーナリングには自信があるし、これで最高速も上がれば鬼に金棒……なんてね。そしたらもう負けないからね?」

 明るい様子で話す美由。

「そっかぁ、そりゃ確かに僕の方は部が悪くなりそうだな……。でも、こっちだってそうまで堂々と挑戦状を突き付けられたんじゃ、引くわけには行かないな。」

 そう言う敏行の表情も何処となく明るい。それから敏行は更に続ける。

「だけど、美由がそんな風な事言って来るなんて、何か久し振りな気がするよ。近頃の美由はあんまりそういう話はしたがらないのかな、と思ってたからさ。」

 その言葉に美由は心当たりがあるので、焦りの表情を見せる。

「え? そ、そうかな……。」

 しかし敏行はそのまま言葉を続ける。

「そう言って来てくれて嬉しいよ。やっぱり競い合える仲間が居るってのは良いよね……。」

 嬉しそうながらも、やや遠い眼で話す敏行。それに対して美由は、嬉しいと言ってもらえて照れ臭さを感じたのと同時に、敏行の遠くを見詰める表情から複雑な想いを感じ取った。

 

 

 

 

 同時刻。15号線より北に位置するコンビニに、尊の姿が在った。尊は、ついさっきまで走り込んでいた新たなる自分の車に寄り掛かりながら、コンビニで買った軽食を食べていた。ふと顔を上げると、日差しが眩しくて目を細めた。いつの間にか日も随分高くまで登っていたのだった。

「今日は1時間目から授業あるのに、結局朝まで走り込んでしまいました……。今日は一睡もせずに授業に臨まないといけませんね。ちょっと辛いかなぁ……。」

 始めは軽く走ってみるくらいのつもりで来ていたのだが、一度アクセルを踏み込んだ瞬間、尊はその車の虜となった。まだまだ走り続けたい。空が白み始めた事に気付いた時に、ようやくその気持ちを抑え込んで、走り込むのを止めた。

「水看さんの言う通りでした。正に百聞は一見に如かず、ですね……。パワーは前のシビックの方とそんなに変わりませんから、幾らFFとはいえ軽量なシビックの方が速いんじゃないかとも思っていましたが、それは私の思い違いに過ぎませんでした……。もう、何が違うのかが分からないくらいに、全てが違う……。そして……この車の凄さを実感すると同時に、私はまだこの車の本質のほんの断片に触れただけなんだという事を思うと、恐ろしいまでの底知れぬ可能性を感じます……。」

 尊は改めて漆黒のボディを纏う自らの愛車を眺めた。この車の持つポテンシャルをを垣間見た今となっては、朝日に映える立ち姿はより一層強固なものに見て取れた。

「実戦でどれ程の威力を発揮するのかっていうのも測ってみたいですね……。これなら、私でも他の方達と充分に渡り合う事が出来るかもしれません……。」

 そして幕張の地を後にした。